恭弥さんの日記

徒然なるままに好きなことを綴っていく

今週のお題「怖い話」 奥間の坂

これは私が大学生の頃の話だ。

そのころの私はバーでバイトしており、バイト先は大学から30分以内の場所を選んでいたため、バイト先から家までは大体1時間ほど。必然的に帰宅は夜中になる。そうすると車の運転免許を取得する必要があり、当たり前のように車を運転して学校やバイトに通っていた。もちろん運転するので、バイト中にお酒の類は飲んでいない。

しかし夜中に眠たいまなこを擦って帰宅するのはしんどい。そのため私は近道を使っていた。その道を使うと帰宅時間が1時間から40分に縮まるのだ。使わない手はない。その日も近道を使っていた。この近道は長い長い坂道となっていて、中腹に霊園へと続く横道がある。当時は知らなかったが、とても有名な霊園だそうだ。街灯はほとんどない。

私は霊媒体質なので、大抵のことは怖くない。驚きはするが、それだけだ。怖いわけではないというか、怖いのは怖いのだが。怖すぎてどうにかなるというようなステージはずっと前に終わってしまった。なので霊園のそばを通ることも何ら恐怖はなかった。何か起こったらまぁそうだろうなくらいの感覚で、話のネタにしてやろうとすら思っていた。

坂道の途中には何枚か白い看板が立っていて、手書きで『火葬場建設反対』『霊園撤去求む』『死体安置所建設反対』などと書いてある。どうやら霊園付近に火葬場の建設計画があるようだった。その中に一枚、何も書かれていない真っ白な看板が立っている。私はただ「嗚呼、これから文字を書くのか」ただそう思った。その日は何事もなく帰宅し、翌日またバイト後にその道を通った。しかしあの真白な看板だけがひどく目を引く。またその翌日もさらに翌日も、看板は真白なままだった。私はそれを横目に、「まだ文字を入れていないのか」とそう思っていた。

ある日いつものように近道を通ると、あることに気が付いた。看板が近づいているような気がするのだ。確実に初めて看板を見た時よりも近い。なんだろう。バイト後で疲れているから、これは幻覚か?何だろう。違和感はあったが、そのまま帰宅した。違和感を、目の錯覚だということにして。

翌日また近道を通る。やはり昨日よりも看板が近くなっている気がする。連日のように通り、そのたびに違和感があったが近道を使い続けた。なんとなく日々、看板が近づいているような気もしていたが直接の害がない。やっぱり勘違いかも。そんなことを思いながら近道を通り続ける。そうして違和感に苛まれ始めて1週間が経ったころ、事態が動いた。いつものように坂道を下っていると、看板が近づいているのだ。そのまま走行していると、坂を下りきったころに車のミラーというミラーが曲がっていた。バックミラーは真上を向いていたし、サイドミラーなんか右側は外側を向き左側は閉じていた。こわ。こんなん運転できひんやんけ。

その翌日も翌日も、その道を通るとミラーが曲がり白い看板は少しずつ近づいてくる。そして唐突に、白い看板の正体に気づいた。白い看板だと思っていたのは、白い死に装束にぼさぼさの黒い髪をした、よくわからない何者か。到底、この世のものとは思えないものだったのだ。それは髪が長いので恐らく女なのだろうが、男とも女とも判断付かない姿をしている。それと車との距離はあと数メートル。確実に追いかけられている。あと少しで追いつかれる!そう思った時、私は坂を下りきった。看板だと思っていたそれは、いつも坂の中腹から坂の終わりまでしか追いかけてこない。私は助かったのだ。

翌日のバイト後、帰宅路をどうするかものすごく悩んだが、私は近道を使うことにした。1時間も運転していられないし、背に腹は代えられぬ。私は自身が霊媒体質であり、心霊現象には慣れていたので慢心していたのだと思う。何も起こらない、大丈夫。自分に言い聞かせて、そうしていつものように坂道に差し掛かった時だ。それまで問題なかったCDが不自然に音飛びを始めた。激しくノイズが混じり、何かしらの単語が聞こえ始める。

ジジ、ジジ、ジ、、、ア、ア、ア、ジジ、、、シ、、、コ、ロ、ジジ、、、ネ、、、ジジ、、、ジ、ス、、ジジ。

白い何者かはやはり追いかけてきている。必死で前を向いた。後ろを向いたら終わりだと思ったのだ。ミラーというミラーがあらゆる方向に曲がっている。というか視界の端でぐねぐね動いているのが目に入る。ノイズは激しさを増し、何者かが迫ってくる。もうあれと車との距離はあと1メートルもない。今度こそ確実に追いつかれる。そう思った時、私はやっと坂を下ることができた。

それ以来、私はあの坂道を通っていない。あの時ノイズの中で聞こえた声は、私に「死ね」「殺す」と言っていた。もし次あの道を通ったら私はきっと死ぬのだろうと思う。あの、この世のものとは思えないあれは何だったのか。何を伝えたかったのだろうか。今でもあの場所で、誰かを惑わせているのだろうか。何年も経った今でも、あれが何だったのかはわからない。ただあの坂は閉鎖もされずにそこにあるし、火葬場などもまだ建設されてはいない。

そして霊園は健在だ。

 

 

ちなみに後日談もある。

あの坂を通らなくなったその日から、私は気づいたら坂道の前にいることが増えた。気づくと坂の手前にいて、どうしてみても、そこまで運転した記憶は全くないままに、私はいつも引き返す。それは朝も昼も夜も関係なく、1年ほどは気が付いたら坂に続く道を通っている、というような状態だった。とり憑かれているのかもと行ったお祓いでは、私自身にも車にも、何もとり憑いていないとのことだった。

お祓いをしてくれた方の話だと、恐らくあれと私の間に縁ができてしまっていて、私はあの世に呼ばれているのだそうだ。だからあれが私を諦めない限りこの現象は続くし、あの坂を通れば多分その日が私の命日になるだろうとも言われた。そして私に味方している守護霊が、私を守ってくれている。だから坂道の手前で気が付くことができているが、守護霊が力負けした場合はどうなるかわからない。あれが私を諦めるまでは、私も守護霊も、辛抱強く抵抗していかなければならないだろう。そう言って私の車に塩を撒いてくれた。

今は恐らく縁が切れているだろが、私は何があってもあの坂を二度と通ることはない。