恭弥さんの日記

徒然なるままに好きなことを綴っていく

役に立つことだけが人生なのか

先日Twitterで、90歳の女性がバイオリンを習いたかったけど、という呟きを見た。
私はなんだか胸が苦しくなってしまった。

別に何歳から何を始めてもいいのではないかと思う。趣味を持つこと。何歳になってなお学べるものがあるということはとても素敵なことだ。
プロにはなれないかもしれない。「それ、何の役に立つの?」と言われたら、特に何かにめちゃくちゃ役立つというわけでもない。
生活を豊かにするとか、そういう方向性でしか力を発揮することができない。
でもそれでいいじゃないかと思うのだ。

芸術や芸能の大半は「美しい」や「気持ちいい」という気持ちから始まって、様々な魅力に気づき魅了されていくものだと思っている。
弾き始めた人、やり始めた人にしかわからない、奥深い世界がある。そしてそれを知るのは単純に面白いのだ。作り手にしかわからない世界がそこにはある。
もちろん、世の中に既にある様々な芸術、芸能の向き合い方も変わっていく。美術展や音楽会が何倍も楽しくなるし、心を豊かに、世界と繋がっていける気がしている。

私は幼少期にピアノを弾き、花を生け、茶の湯の作法を学んだ。
それは今何一つとして、私の生活には役に立っていない。当時はいやいや習っていたが、今ではとても尊いと思っている。
コンサートはできなくても家族に一曲弾くことはできるし、花を活けて生活を彩ることも可能だし、美味しいお茶を淹れて一緒に飲むことはできる。
ただの趣味だけど。
そして今はギターが弾いてみてたいと思っている。ただの趣味で。

趣味はお金にならない。それは御尤もだ。だって趣味だもん。
その趣味を役に立つの?と聞く人はきっと、趣味を持っていないか、趣味を人生楽しく穏やかに生きるための手段として認識していないのだろう。
だから私が花の名前や旬の時期、美しい生け方を知っていること、美味しいお茶を淹れられること、そのお茶に合う茶菓子を手作りで作って振舞うことも、そのすべてに生産性がないと言えてしまう。
もしかしたら私が飼っている鳥を可愛がって、たくさんの時間を使うことすらも生産性がなく無意味だというのかもしれない。
でもこの先に人生がとてつもなく長く続いていて、寿命が今もずっと伸び続けているのだから、もうこの考え方はきっと時代遅れだなと私は思っている。

これからの時代は今まで以上に、これまで学んできたことで変わらず使える知識は何か。新しく習得すべきは何か。捨てていく勇気を持って変わっていかないと、時代に遅れ、役に立たない人間へと誰でもカテゴライズされるだろうと感じている。
特に今はCOVID-19が世界中で猛威を振るっていて、いろんなものが今までと様変わりをしている。様々なサービスがwebや配信に大きく変わっていく時代で、これまでやってきたことが一切合切無駄になったものもある。
だからみんな突然素人になるし、それは今を生きるあらゆる人に適用され、ある業界が丸ごとそうなる可能性も高い。当然稼ぎ方も変わるし、役に立つ方法論だってあっさり変わるだろう。
「自粛要請」・「アフターコロナ」・「新しい生活様式」なんて言葉も巷に溢れているが、格好よく聞こえるこれらは今まで培ってきたものを壊し、切り捨てていかなければならないことと同義だ。
プロとしてお金をいただくというのは大切なことだが、それ以上に難しいことだ。プロとして生きていくためには、プロでいる限り謙虚に学び続けていく姿勢が必要になる。
そもそも役に立つことは利益を生む。だから趣味を役に立たないと切り捨てていく人は、趣味を楽しんでいる暇があるなら何かを極めないと、と言うのかもしれない。

今どきの若者は、SNSがある前提で生きている。当たり前のように会社とは違う顔を持ってもいる。もちろん既に事業をやっていて、独立している人間だって存在している。
SNSが前提となっている若者は、「自分は何者か、何ができるか」を否が応でもを考えざるを得ないのが現状だ。
今は会社の外にもオンラインにも学ぶ場はある。ハンドメイドなんかは趣味として始めたとしても、小ロットで売る手段が今はたくさんある。だからはじめは趣味だっだけれど本業になってしまった、という話もちょこちょこ聞くようになってきた。
そういう意味では、いつ趣味とプロが入れ替わるかわからない。収入が多ければ仕事なのか、と言われたらそうでもない場合だってある。
だから何かを習い始めたり、学び始める時に、プロを目指すかはその時点では別に考えなくても、趣味として楽しめたら、それでいいのではないかと思う。
大人になれば自分の技術は競合優位性がない、とかそういう細かいことに気づくこともあるけれど。
でもそのうちなんか気が付いたらお金がもらえるようになってきた。。。みたいなこともあるし、上達すること、新しいものを知ることを楽しめたらまずはそれで万々歳ではあると思うのだ。