恭弥さんの日記

徒然なるままに好きなことを綴っていく

人間の感じる最もたる恐怖は未知なるものへの恐怖である

 

 

映画「アルカディア
アメリカ製作SFディストピアドラマ、2018年日本公開。
監督・脚本・撮影・編集 ジャスティン・ベンソン、アーロン・ムーアヘッド
監督のジャスティン・ベンソン、アーロン・ムーアヘッドはそのままの名前で主役の兄弟を演じている。

 

 アルカディアは、すべてが狂っている。

 兄であるジャスティンは10年前に弟のアーロンを連れて、カルト集団といわれているアルカディア村から脱走した。集団自殺を忌避してのことだった。兄弟は幼いころから村で自給自足の生活をしており、世間にうまく馴染めていない。友人も恋人もおらず、今は街で清掃員の仕事をして暮らしている。ある日彼らのもとに村からビデオテープが送られてきた。再生すると女性が全員昇天したと言う。ジャスティンは集団自殺をしたと思っているが、アーロンは村人が本当に自殺したのか確認したいと言って譲らない。ジャスティンはアーロンと共に村へ足を踏み入れる決心をする。

 村への道中で歪な杖の様なものが突き刺さっており、そのすぐそばには真新しい花と絵が供えられている。木の橋を渡ると「キャンプ・アルカディア」の立札が見えた。2人は村の住民に歓迎されたが、ジャスティンは10年も経っているのに何一つ変わらない彼らに不信感を抱く。アーロンを置いて村をジョギングしてまわるが、特に変わったところはない。男が急いで道を歩いているのに軽い違和感を感じた。

 アルカディア村には様々な伝統がある。今は「苦闘」といって、暗闇から垂れ下がる縄を力いっぱい引っ張る時間だ。ジャスティンも縄を引っ張るが、逆に凄い力で引っ張られて手にケガをしてしまう。ジャスティンは違和感と恐怖心が徐々に膨らんでゆくのを感じたが、アーロンと射撃や釣りなど何気ない日常を村で過ごす。村では不思議な現象が起こり始める。ハルは、何かが起こっているが誰も答えを知らないと言う。また湖にあるブイのところに潜って真下にある物を掴み、答えを自分で探すようにとアドバイスする。夜空を見上げると月が2つあった。ジャスティンは次の日、言われたとおり湖に潜ると何者かに足を掴まれてしまう。浮かび上がってきた彼は、湖底から引き揚げた工具箱を手にしていた。

 工具箱の中にはテープが入っている。再生すると、神に身を捧げれば宇宙と一体になれると説くジャスティンが映っていた。映像は偉大なる存在がくれるメッセージだといい、今回は許しだとハルは解説する。ジャスティンはハルと言い争い、村に残るというアーロンを置いて帰ろうとするが、車のエンジンがかからない。徒歩で村を去ろうと考えたが道に迷ってしまった。近くの小屋で助けを求めると中には首つり死体があり、背後から死体と同じ顔の人間が後ろからジャスティンに声をかける。男は数時間おきに自殺と蘇生、そして自殺を何度でも繰り返していると言った。困惑するジャスティンに、男は自分たちはそれぞれのスパンでループしており、長い奴もいれば短い奴もいる。またリセットの瞬間に境界内に居たら永遠に抜け出せないと説明する。男は道が知りたいなら銃を持ってくるように言い、ジャスティンにコンパスを手渡した。ジャスティンは男の言うとおりに小屋を見つけると、男たちから銃を受け取り先を急いだ。2人の男も無限のループを繰り返している。

 アーロンは昨晩仲違いした兄を見つけたいとハルに助けを求める。ハルは道を教え、3つ目の月が満ちる前にここに居たいかどうか決断しろとアドバイスをして村の中に戻っていく。アーロンはハルに教えられた通り道を進み、道中で5分刻みに生死を繰り返している男を見つけた。森の中で兄弟は巡り合うことができたが、アーロンは村に残りたいという。村に居れば永遠にループする。しかし家に帰ってもつまらない日々の繰り返しである。2人の話は平行線だ。

 一旦村に戻ると、いつもは鍵のかかっている小屋が開いている。小屋の中はビデオライブラリーのように記録フィルムがぎっしり詰まっていた。テレビには最新の映像が映り、映像では村の人々が全員広場に集まっていた。そして異形の何かが人々を飲み込み始め、ついには2人にまで襲いかかろうとしている。2人は車を必死に手で押してエンジンをかけ、車に乗り込みアクセルを踏む。途端に車は走り出すが、前から車が向かってきて、衝突する間際に2人は元の世界に戻ってきた。兄弟は生還を喜び、悪態をつきあう。

 アルカディア村の住民はまた再生し、ループは続く。

 

 

 この映画は冒頭に、二つの言葉が引用されている。

・人間の感じる最もたる恐怖は未知なるものへの恐怖である――H・P・ラヴクラフト

・友人は互いに感情を打ち明けるものだが、兄弟が本音を明かすのは死の間際――発信者、不明

 これがこの映画のテーマだ。私はテーマ以外よくわからないままで映画を見終わってしまった。映画は110分あるが、そのうちの前半部分はぞわぞわとした感覚はあるものの、割かし平和なように思われる。しかし後半部分の、兄弟が仲違いしジャスティンが一人で山を下りようとするところまで来ると、事態が急変する。伏線が回収され始め、結末が気になり最後まで見てしまった。しかしいくつか大きな謎だけを残して映画は終わる。神とは?昇天とは?ループとは?結局そこにもやもやとしてしまった。プチョン国際ファンタスティック映画祭で最優秀作品賞を受賞しているそうだが、本当の本当に、さっぱりわからなかった。

 エピグラフラヴクラフトを引用している。ラヴクラフトといえばクトゥルフ神話が有名ではないだろうか。私はクトゥルフ神話についてほぼ無知なのだが、邪神と呼ばれる大いなる神というものが存在しているというのはわかる。作中、キャンプに住むアーティストの女性は何らかの姿を絵に描いており、それをジャスティンに見せているので、おそらく何らかは存在している。ハルはジャスティンに「偉大なる存在、我々を支配する力、神、永遠の時間」と曖昧でよくわからないアドバイスをしていた。その存在が大いなる神なのだろうか。そして昇天とは何なのか。なぜ彼らが生死を繰り返すのか。作中で理由は語られなかった。

 世間ではアルカディア村はカルト集団と言われている。もし本当にアルカディア村がカルト集団で、何か知らの神を信仰しているとしよう。信仰の果てに集団自殺が行われたのならば、彼らは何らかの罪か罰に問われているのだろうか。仮に昇天と呼ばれているだろう集団自殺は罪科であるなら、その場合彼らは何らかの許しを得る必要があるはずだ。恩赦なんてものはそうそう簡単に与えられたりはしない。少なくとも私の信心する教えの観点で言うと、自殺は罪科となる。しかし自殺をしたからと言って、地獄で永遠に苦しんで成仏すらできないということはない。いつになるかはわからないが、成仏は可能だ。確か自死を迎えたことで徳の積みなおしが発生するから、徳が積めれば責め苦からの解放がある。もしアルカディアの住民が自死を選んだのだとしたら、今現在ループしているのはその徳の積みなおし期間のためということになる。魂が浄化されるまで何度もループし続けるだろう。なんだか服役に似ているとも思う。キリスト的に言うと煉獄というのだろうか。もしそうでないなら、カルトの何らかな怪しい力で縛り付けられているとしか思えない。例えば呪いとか。

 アルカディア村と村周辺の山は、神域と言っていいのかは不明だが、神が支配している場所だ。村や周辺の森には歪な杖のような柱が立っており、これらは現実世界との境界線となっている。また同様の空間はいくつか存在し、境界線によってそれぞれ独立している。ループしている人々は境界から出ることはできない。つまりお互い干渉や交流ができず、神の力によって、境界内で永遠にループをさせられていることになる。アルカディア村の住人はそれでも、昇天を良い儀式と捉えていたように思う。これは永遠の時間を手に入れたことになるのだろうか。しかし村の周辺でループを繰り返し続ける首つり男、カールは死にたがっていた。ジェニファーの夫・マイクも友人と共に焼身自殺をしている。狭い空間の中でしか生きられない彼らは、ループを無限に繰り返すが、実は責め苦なのかもしれない。

 あと映画を見終わってから気づいたのだけれど、冒頭の路上のシーン。幼い日のジャスティンが母の碑に供えたクレヨンの絵が、野晒しのままで置かれていた。10年以上経過したはずなのに、供えられているのがおかしい。また空を飛ぶ鳥の群れが、境界の柱を中心にして円を描くように飛んでいる。そしてラストシーンで境界を抜けるときに、正面から車がやってきて衝突しそうになるが、衝突せずにすれ違う。そしてよく見ると境界向こう側、現実世界に映った景色と車は村にやってくるときの、映画冒頭のジャスティンたちなのだ。そして境界を抜けると、柱の足元には真新しい絵。冒頭から、時間が止まり、ループを繰り返していることが示されていた。なんということだ、まったく気が付かなかった。

  映画は全体的に古めかしいフィルムのような色をしていた。またディストピア感も強くて、世界の終末かな?とも感じた。兄弟以外は誰も救われないし、ループスパンの短いカールがひたすら怖い。表情と頭が振り切っている。永遠ともいえる孤独の中で、おかしくなってしまったのだろうか。もう映画全体がわけのわからなくてさいっこうに怖かった。

 しかし私が一番怖くて辛くてしんどいと思ったのは、ジャスティンがキャンプで出会った金髪のジェニファーとマイクだ。マイクは森の山小屋に住む友人に会いに来た際にループに入り込む。そしていつまでも帰ってこない夫を探すために、ジェニファーは森にやってきて迷ってしまう。そしてアルカディア村で昇天に巻き込まれたのだろう。キャンプ中に「quiet」と張り紙をして回っている。ジャスティンがマイクに「脱出できたら、何がしたい?」と尋ねるシーンで、マイクが「妻と子どもに会いたい」と答え、張り紙をたいそう恋しいと笑うのだ。ジャスティンはとっさに夫を探していると言う彼女を思い浮かべただろう。彼女はなんとなく母の面影がある。しかしそれを伝えることもなく、脱出しろよと声をかけるのだ。2人は永遠に会うことができない。切なくて辛くて、思わずひゅっと喉が鳴った。ジャスティンにも思うことはあるはずだ。彼は天涯孤独だ。お互い以外に頼るものがおらず、つねに行動を共にする。夫婦はもう会えない。ジャスティンがここでアーロンを置いて帰ると、同じような道を辿るという暗示なのではないかと思った。 そういえば母親の死因が作中で一切触れられなかった。もう謎だらけだ。しかし本当に怖いのは死ぬことではなく、家族と引き離されて一人にされることではないだろうか。

 私はこの映画は兄弟が薬物依存か何かしていて、常に幻覚を見ている映画だと思った。なので、教団の人たちは兄弟2人の幻覚なのでは?とも思っていたが、ジャスティンが村をジョギングして回っているシーンを見て、違うなぁと思った。なぜなら、私もジャスティンと同じように男が急いで道を歩いているのに軽い違和感を感じたから。ただそれだけだけど、私からしたら不気味で、幻覚じゃないと思わせるのには十分だった。

 ちなみにアルカディアの原題は「THE ENDLESS」となっていて、これを日本語訳すると終わりがないとなる。アルカディアは理想郷という意味だそうで、由来はギリシア神話らしい。不死を手に入れてループすることができる、だから桃源郷、ということだろうか。まぁ不死であること、不死になることは至難の業だ。かつては様々な国の富豪たちが不死を手に入れようとして躍起になった。中国などは不死になるために、王が水銀を飲んでいたという記録もあるらしい。それが手に入るなら、桃源郷だろうか。

 

 

アルカディア(字幕版)

アルカディア(字幕版)

  • 発売日: 2018/11/02
  • メディア: Prime Video