恭弥さんの日記

徒然なるままに好きなことを綴っていく

永遠とか心とか魂とかいうものがどこにあるのか、分かった気がした

秒速5センチメートルを何度か視聴した。小説版は読んでいない。なぜなら小説を読む勇気は湧いてこないからだ。それに読むにも尻込みをしてしまう。
でももやもやと思うことはあるので、考察をしてみた。
考えすぎ、いい話だったじゃん!そういった恋人への言葉にならなかった抗議も込めて。
lerchetrillert.hatenablog.com

第一話 桜花抄
 貴樹が明里に会い、「ただただ深淵にあるはずだと信じる世界の秘密」を見てしまったがために「秒速5センチメートルの世界」に閉じ込められることになる話だ。
 明里と貴樹が出会い、本を貸し借りして交流し心を通いせていく過程については特に何も思わなかった。お互いが転校生という立場上、境遇が似ていることで心の距離が近づくには十分だろう。けれど途中でふっと違和感に出会った。それは明里と貴樹の電話のシーンだ。電話越しに同じ中学に行けなくなった、と泣く明里とそれに対して「もういいよ」という貴樹。私はこのシーンで何とも言えない感情を覚えた。簡単に言えば不安になったのだ。明里を「もういいよ」なんて言って突き放してしまうのも、慰めもせずにただすすり泣く声を聞いているだけ、というのはなんだか少し違うと思ったのだ。中学から離れて別々になってしまう二人を描いたこのシーンは初恋というにはなんだか寂しくて痛い。
 それから次に貴樹が明里に会うために栃木県へと電車で向かうシーンも、私を何とも言えない感情にさせた。学校が終わり小田急豪徳寺駅を出発した貴樹は、23時15分すぎに岩舟に辿りつくのだけれど、この電車の描写が、ストリーテラーである貴樹の語り口が淡々としているのを差し引いたとしても、たいへん暗くて重苦しい。貴樹の心細さや不安ばかりが大きく浮き彫りになっているように感じた。時折、一人で待っているであろう明里に対する心配のようなものは垣間見えるが、明里に会える嬉しさというのはない。
 初めて一人で来た新宿駅。床が水を含んだ乗り換えの大宮駅。まばらになる人家。雪にうずもれた景色。電車内にはだれもおらず、車外は一面、暗闇に支配されている。「ボタンを手動で押さないと扉が閉まらない」ことや、「駅と駅との間は信じられないくらい離れて」いること、「電車はひと駅ごとに信じられないくらい長い間停車」すること、これらが貴樹を「増々心細くさせて」いき、映像からはただ静かにそればかりが伝わってくる。途中で渡すはずの手紙もなくし、遅延する電車に、無情にも過ぎていく時間と焦燥。そしてついになにもない場所で止まった電車。ここで私の不安感はピークとなった。「たった一分がものすごく長く感じられ、時間がはっきりとした悪意をもって、僕の上をゆっくりと流れていった」と進まなくなり閉じ込められた電車の中で貴樹は独り、恐怖と絶望を味わう。この恐怖と絶望の中で明里には家に帰っていてほしい、と貴樹は願ってしまう。明里が家に帰れば、岩舟の、明里がいる駅に向かう必要がなくなるからだ。「とにかく、明里が待つ駅に向かうしかなかった」というように、貴樹は彼女が待っているから、たった一人で明里の元まで孤独な旅をしなければならなかった。恐怖と絶望を抱えながら駅についた貴樹が見たのは、駅の待合室で貴樹を待っている明里。貴樹が「帰っていてくれ」と願ったにも関わらず、明里は待っていたのだ。そうして待合室でお弁当を食べ、すまなそうにする駅員に促されて「一面の雪が降り積もる真っ暗な田園」の中に出ていく。ボロボロの小屋で寄り添い、朝を迎えるのだ。
 中学生の貴樹からは明里の住む町までの移動は、果てしなく遠い未知の世界だっただろう。雪の中で電車も止まり、孤独と不安の旅になったはずだ。初めて一人でいった新宿駅というのは、目新しい町並みや風景として映る。でもそれは大人になるにつれて必ず失われるもので、成長するにつれて不安や孤独は程遠いものとなる。そして失わなくてはならないものであることも、失ったことにすら気づかずだんだんと大人になってゆく。しかし貴樹は失えなかった。反対に、明里は貴樹に手紙を通して伝えたいことを伝えたため、貴樹への初恋を失うべくして失い、一人で現実の世界に戻れた。孤独と不安な電車の旅の果てに明里が待っていなければ、貴樹も失うものをきちんと失って大人になったはずだ。

「あのキスの前と後では、世界が変わってしまった」

 ここで貴樹は見てはいけないものを見てしまう。貴樹は小田急豪徳寺駅を出発し、たった一人で暗闇の中をいく長い旅路の果てに明里に会うことで「永遠とか心とか魂とかいうものがどこにあるのか、分かった気がした」ために、現実ではない世界に閉じ込められたのだ。

第二話 コスモナウト
 二話は「秒速5センチメートルの世界に閉じ込められている貴樹を、香苗が救い出そうとする」物語になっている。この話は貴樹の救出を試みる香苗視点で話が進んでいくが、一見すると「初恋に囚われ続けている貴樹に、香苗がかなわない恋をする物語」と取ることができる。なぜ貴樹に恋をしている香苗視点なのだろう。
 宇宙が見える異星の草原の世界で、貴樹が一人の少女と一緒に宇宙を見ている場面から話が始まる。これは秒速5センチメートルの世界だ。この世界で、一緒に宇宙を見ている少女の顔は見えない。この時点では少女が誰だかわからないのだ。つまり少女は明里ではなかったし、香苗がこの少女になることも可能だった。そして貴樹と香苗は両想いだったと考えられる。一見すると明里を忘れられない貴樹に、香苗が叶わぬ恋をしているという構図となっているし、貴樹は明里が忘れられないという先入観もある。しかしクラスメイトは香苗のことを「遠野の彼女」と言っている。貴樹は「彼女とかじゃないよ」と否定するが、少なくとも毎日一緒にいるクラスメイトが彼女とからかうくらい二人は親密なのだ。実際に二人はよく一緒に帰っている。コンビニに寄って、買い物もしている。でもそれを香苗は「これは遠野くんの優しさ」だと思っている。二人は両思いにもかかわらず、だ。
 両思いであることに確証を得たのは、貴樹が宇宙を見ることができる草原に一人でいる場面だ。そこに香苗が「来ちゃった」とやってきて、貴樹も「嬉しいよ、今日は単車置き場で会えなかったからさ」と香苗を受け入れている。この草原は貴樹にとって「永遠とか魂とか心とかがどこにあるか分かった気がした」場所だ。本当の貴樹が存在する秒速5センチメートルの世界。そこに香苗が来てくれて嬉しいと思っているのだ。貴樹は現実で自分に想いを寄せてくれている香苗を、ちゃんと見て受け入れている。
 貴樹は「それは想像を絶するくらい、孤独な旅であるはず」なのに「本当の暗闇の中をただひたむきに、たったひとつの水素原子にさえめったに出会うことなく」前に進み続けなければならない。そして「ただ深淵にあるはずだと信じる世界の秘密に近づきたい一心で。僕たちはそうやってどこまでいくのだろう。どこまで行けるのだろう」と、この旅を現実ではないどこかに閉じ込められて永遠に続けている。しかしここで言う「僕たち」は誰なのか。それは世界の秘密ともいえる草原の少女と、孤独な旅を続ける貴樹だ。「いつものように顔は見えない」と貴樹は言う。まだ草原の少女は、誰なのかは確定していない。そして香苗は草原の少女のシルエットと重なっていく。
 香苗が告白を決意する波乗りの前に、香苗は草原にたち、顔を上げて宇宙を見ている。波を乗り越え、ずっと違った飲み物も同じ種子島コーヒーを飲むようになった。香苗が貴樹に告白していれば、貴樹は彼女の気持ちを受け入れただろう。そして香苗は貴樹がいる秒速5センチメートルの世界に行き、彼を救い出すことができる。二人のその後が報われなくとも、それでも貴樹は秒速5センチメートルの世界から抜け出せたはずだ。しかし、ここで香苗は自信を無くしてしまう。「遠野くんは、私を見てなんかいないことに、その時はっきり気づいた」と。このシーンはずっと貴樹が空を見上げており、香苗はずっとうつむいている。これは貴樹が見ていないのではない。香苗が下を向いてしまったのだ。
 告白を決意したときの香苗は、草原の中でしっかり顔を上げて空を見ていた。貴樹と同じ目線で、同じものを見ていた。あの瞬間、香苗は草原の少女に成り得たのだ。しかし香苗は自信をなくし貴樹に告白することを諦める。その瞬間、秒速5センチメートルの世界で貴樹と共にいる異星の草原の少女が振り向き、明里であることが確定してしまったのだ。秒速5センチメートルの世界の少女が明里であることが確定したため、貴樹は現実との接点を失い、この世界を抜け出す方法がなくなる。彼は永久に「本当の暗闇の中をただひたむきに、たったひとつの水素原子にさえめったに出会うことない」「想像を絶するくらい、孤独な旅」をする世界に閉じ込められる。

第三話 秒速5センチメートル
 ここでは「秒速5センチメートルの世界」にたった一人で閉じ込められた貴樹が描かれている。ここで描かれているのは主に荒廃した気持ちや絶望、孤独、そして怒り。「初恋を引きずる男の物語」とも言い難く、私にはここが一番恐ろしいと思えた。
なぜなら初恋を引きずるだけなら、明里との思い出や憧憬や日常に対する諦観が描かれていても良いでしょう?と。だからこそ、見ていてゾッとした。
 第三話では「たった一人で現実ではない世界に閉じ込められた貴樹」と「貴樹をその世界に置き去りにして、そのことに気づかず幸せな明里」の対比を克明に描いている。貴樹と明里が交互に思い出を話す場面でも、二人の声や様子からその様子がはっきりと見て取れる。余りにその落差が大きいため、残酷だ。
 明里が「夕べ、昔の夢を見た」と話し始めるシーン。次に貴樹が「昨日、夢を見た」と話し始めると、明里は「ずっと昔の夢」だと言う。そして明里はこの夢を「手紙を見たから」思い出している。つまり普段は思い出すことがないのだろう。このシーンでは明里は電車の中で本を読んでいるが、そこに終わりの文字が出て本を読み終わってしまう。図書館で出会った貴樹と明里にとって、本は一つのキーワードだ。二人は頻繁に本の貸し借りをしていた。貴樹が思い出す明里はいつも一人、本を読んでいることが多い。そして明里が本を閉じ電車の中からふと見た窓の外には、鳥が群れをなして地元の山に向かって飛んでいる。
 空を飛ぶ鳥というのは第一話から出てきていた。鳥も重要なキーワードだろう。第一話で貴樹が、不安な旅の果てに明里の待つ駅に向かうときだ。鳥が夜空を飛び、明里の地元に辿りつく描写がある。そして貴樹が現実で見上げる空でも、二羽の鳥が宇宙に向かうように飛んでいる。しかし明里の見ている現実では、鳥はすでに宇宙に向かって飛んでいない。やはり貴樹は明里にとってただの昔の思い出なのだ。そしてその失われた世界に貴樹は閉じ込められている。
 しかし貴樹も必死に「秒速5センチメートルの世界」から抜け出そうとしている。明里を失うために二話では香苗を受け入れようとしていたし、三話では水野理沙とも付き合っている。きちんと現実の女性と向き合おうとしているのだ。「とにかく前に進みたくて、届かないものを手に入れたくて、弾力を失っていく心がひたすら辛かった」といってもがき苦しむ貴樹を、初恋の思い出をこじらせて、現実と向き合わなかったと切り捨てるのはあまりにも救いがない。
 三話で貴樹は水野理沙からの電話を一度も取らなかった。理沙と別れたくなかったからだ。だから理沙はメールで「1000回くらいメールでやり取りして、心は1センチくらいしか近づけませんでした」と別れ話を切り出した。「三年間付き合って」いたのに、その思い出にはほとんど触れられていない。なぜメールなのか。それは「秒速5センチメートルの世界」にいる貴樹とは、手紙かメールでしかコミュニケーションが取れないから。逆に言うと本当の貴樹は現実にはいないので、メール以外のコミュニケーションは無意味だということだ。そして「1000回くらいメールでやり取り」したのに1センチしか近づかなかった心の話をしている。まったく近づかなかったわけではない。貴樹は貴樹なりに一生懸命、この世界から抜け出そうと努力をしたのだ。だから1センチは心が近づいた。そして理沙も貴樹を真剣に愛していたからこそ、彼を救い出そうとして三年間メールを出し続けたのだ。
 中学生のときに、明里に会うために豪徳寺駅から乗った電車から始まった孤独の旅。貴樹がこの閉じられた世界から抜け出す鍵は、中学生の時の明里だ。駅で4時間以上貴樹を待ち続けたあの時の明里だけが、貴樹を唯一救い出せる。しかし「たったひとつの水素原子」であり「世界の秘密」であるあの時の明里は、現実にはもう待ってはいない。「世界の秘密」だけが消失してしまったのだ。そのため一人で「想像を絶するくらい孤独な旅」を続けている。あの雪が降る真っ暗闇の世界の電車の中に、今も一人で閉じ込められているのだ。それは地獄ともいえるのではないか。
 三話の最後で、貴樹はロケットを見上げて涙を浮かべている。ロケットは打ち上げられた後、暗闇の中を「たったひとつの水素原子さえめったにに出会うことなく」進み続けなければならない。「それは想像を絶するくらい、孤独な旅であるはず」なのだ。そしてそれは「ただ深淵にあるはずだと信じる世界の秘密に近づきたい一心で。僕たちはそうやってどこまでいくのだろう。どこまで行けるのだろう」と、この旅を現実ではないどこかに閉じ込められて永遠に続けている貴樹自身に繋がるのだ。あのロケットは貴樹自身を表している。だから涙を浮かべたのだ。その後のシーンでは貴樹が駅の雑踏を歩く姿が描かれているが、その姿はやけにすさんでいる。そして怒りや憎しみに似た感情を抱える貴樹の先に、現在の幸せそうな明里がいるのだ。
 三話後半では季節が春になり、桜が咲き、舞い散っている。貴樹はその花びらを手のひらに受けとめ、握り締めた。明里はそれに手を触れたかどうかの瞬間に、呼ばれたのか家の中に嬉しそうな顔をして入っていく。そして最後の踏切のシーンでは、二人はすれ違ったにもかかわらず、明里は振り返らずに立ち去っている。明里は貴樹をちゃんと失ったのだ。なぜ同じ孤独な旅を続けて、同じ「世界の秘密」を見ながら、貴樹は「秒速5センチメートルの世界」に閉じ込められ、明里は閉じ込められなかったのか。
 明里は「世界の秘密」を見た日に、貴樹に手紙を渡すことができた。思いを伝えられたということだ。「秒速5センチメートルの世界」では、手紙やメールではないと本当に伝えたいことは伝えることができない。だから手紙を失くした貴樹は、明里に伝えたいことを失って思い出にすることができなかったために閉じ込められたのだ。

「あのキスの前と後では、世界が変わってしまった」