恭弥さんの日記

徒然なるままに好きなことを綴っていく

これが本当の復讐であり、あなたの更生の第一歩だとは思いませんか?ねーんてね

 

f:id:lerchetrillert:20200807094016j:plain


主演松たか子で映像化された「告白」は、湊かなえの代表作となっている。湊かなえデビュー作で、2007年に小説推理新人賞を受賞した「聖職者」の連作だ。「告白」は第6回本屋大賞を受賞しており、デビュー作でのノミネート・受賞は共に史上初とのこと。湊かなえが出てきたことで、読後の後味が悪く、嫌な気分になるミステリ「イヤミス」というジャンルが誕生したように思える。

 

 

始まりはシングルマザーの教師、森口が淡々と語るところから始まる。

「愛美は死にました。このクラスの生徒に殺されたのです」

中学1年生3学期の終業式。1年B組の担任である森口悠子は、生徒たちに教師を辞める旨を伝える。数か月前に、学校のプールで彼女の一人娘が死んでいたことが原因だ。森口は娘は殺されたと告げる。そして事件を起こした人物を少年A・少年BとしてB組の生徒にわかるように告発し、復讐のために2人の飲む給食の牛乳にエイズ感染者である夫の血を混ぜたと締め括った。森口は残り少ない命の夫と共に限られた時間を過ごすために、中学校を去っていく。 終業式直後「クラス内での告白を外部に漏らした奴は少年Cとみなす」というメールがクラス全員に送られてきたが、送信者は不明だった。

森口の告白以降、クラスメイトは少年A:渡辺修哉と少年B:下村直樹を不気味で気持ちの悪い存在として扱っており、春休み明けのB組にはどこか異様な空気が漂っていた。修哉は何事もなかったかのように学校へと来ていたが、直哉はクラスメイトからの糾弾を恐れ不登校になり、引きこもって身なりを不潔にして母親に暴力を振るうようになっていた。

新しいクラス担任の寺田良輝は直樹を心配し、家庭訪問を度々行っていた。ほかにもクラスメイトからの寄せ書き等を提案するが、寄せ書きには暗号めいた悪口が書かれるなど、陰湿ないじめが行われる。またクラス全員に送信された第二のメール「修哉に天罰を! 制裁ポイントを集めろ!」を皮切りに、修哉へクラスメイトからの制裁が始まり、寺田はいじめに気付かずいじめ行為は激化していく。

そんな中森口は直樹の母親を呼び出し、直樹の罪を告白することに。母親は息子の起こした殺人事件に絶望し、直樹と心中を図ろうとナイフを持ち出すが、その光景を見て激高した直樹はナイフを奪い、逆に母親を刺し殺してしまう。直哉はその後施設へと収容され、施設の壁に映る幻覚で、修哉と出会ってから母親を刺し殺すまでの記憶を追っていく。直樹の姉・聖美は弟が起こした事件の背景を知ろうと、母親の日記を読み始めると、そこには直樹が母親を刺殺するまでの出来事が、息子を溺愛する一方的な母の思いと共に綴られていた。

直樹への復讐を遂げた森口は、修哉の「天才博士研究所」というサイトを閲覧する。そこには修哉が自身のホームページに母親へと宛てた遺言と自身の生い立ちについて語られていた。修哉の母親は名のある研究者だったが、予期せぬ妊娠で研究をあきらめなければならず、修哉は幼少期に母親から虐待を受けて育っていること。修哉は母親を恋しく思っているが、父親に母親と会うことを禁じられており、居場所もわからないこと。母親に会いたい一心で修哉は科学工作をはじめ、「天才博士研究所」というサイトを立ち上げたこと。ほかにも愛美を殺すに至った過去の経緯や犯行後の一時の平穏と彼の心の安定を壊す一連の出来事と共に、エイズにかかっておらず落胆したこと、恋人の美月を殺して冷蔵庫に入れてあることが綴られていた。また母親の気を引くための次なる犯行として、教室内での爆破事件を予告していた。

爆破決行日、修哉は爆弾のスイッチを入れるがなぜか爆弾が爆発しない。修哉の焦りを見計らったように森口から着信があり、修哉が電話に出ると、森口の口から爆弾の在処を教えられる。爆弾は森口の手によって母親の研究室に運ばれていたのだ。森口の企みに最後まで気づけなかった修哉は、自らの手で母親を殺したことを知り絶望する。修哉の目の前に現れた森口は、復讐が完了したことを確認し修哉に告げる。

「これが本当の復讐であり、あなたの更生の第一歩だとは思いませんか?ねーんてね」 

しかし、彼女が娘を失った悲しみは一生消えることはない。

 

 

「告白」は一人の人間のセリフ調で場面をつなげていく手法となっており、章ごとに級友・犯人・犯人の家族と登場人物の独白を通して語られる。それぞれ告白するものが客観的に事実を語っていく淡々とした態度が、登場人物の狂気を強調しているようにも感じた。また面白く斬新な手法で撮られているのに好感を持った。

映画自体はいじめや殺人を取り上げていてそれだけ聞くと普通だが、どのように転んでも絶望しかないストーリーとして娘を殺された復讐を企てる母を描いている。怖い。後味が悪い。この映画を見てすぐに出てくる感想はこれに尽きるだろう。小説は未読だが、おそらく小説もかなり後味が悪い。とにかく人間の心の闇にぞっとした。しかし人間の怒り悲しみ苦しみ戸惑い、そういう負の感情に真っ向から向き合い、的確に表現されているのも面白い。見終わってから、これは私の姿でもあるとすら思った。大きなどんでん返しのようなものはないが、内容は際どく過激なのでR15指定だ。

映画は前半30分ほどの、森口の静かな告白から始まる。その後森口は一旦姿を消す。しかし登場人物が森口へと語りかけるように独白していくので、絶えず森口の存在感が大きく残り続ける。そして後半70分辺りから姿を現した彼女は、前半とは違い、鬼気迫っている。高笑い。嗚咽。そして最後の「なーんてね」だ。松たか子の演技には凄まじいものがある。

この物語は何故か登場人物がみな異様というか嫌な人間ばかりだ。その中で熱血教師の寺田と美月だけが作品の良心として映るためか、2人をとてもうざたらしく感じてしまう。美月は絵に描いたような優等生で、ルナシーに憧れを持つ以外は普通の少女だ。しかし美月は後半で修哉のことを非難したために撲殺されてしまう。寺田は熱血教師で、自身を「ウェルテル」と呼んでくれと生徒に笑いかける。唯一このクラスの事件を知らない人間だ。そして教師としても人間としても、恐らくいい人だ。寺田は森田の手引きとはいえ、直樹を結果的に追い詰めてしまったために糾弾される。

森口の復讐劇は用意周到につくられていて、執拗に執念深く、どこまでも修哉や直哉を追い詰めていく。2人を生き地獄へと落とすために時間をかけて、それも自分の手を直接汚すことなく。時間が経つにつれて2人の親族やクラスメイト、本来は関係なかったはずの熱血教師・寺田を巻き込み、自他共に崩壊していくのだ。そして加害者側親族にも狂気が連鎖してゆく。しかし森口は修哉も直哉も殺す気がない。冒頭でエイズ感染者である愛美の父の血液を2人の牛乳に入れたと言っていたが、森口は教師である。そして娘の父はエイズ感染者。牛乳に少量の血を混ぜたところで、おそらく感染確率は0%に等しいとわかっていたはずだ。というよりもそもそも感染しないだろう。わかってはいても、そうでもしないと森口の気が収まらない。だから気休めでも、牛乳に血を混ぜたのだ。

全体的に「命の重さ」を問うているが、しかし実際は娘を殺された母親の復讐劇。面白いのは、森口一人の復讐だけではないところだ。始まりは修哉の虐待から。そして復讐はじわじわと連鎖していく。逆に考えると、修哉の母が虐待・育児放棄さえしなければ殺人も復讐劇も、すべて起こらなかったともいえるだろう。そしてラストは修哉の母親が修哉の作った爆弾で死んでしまい、復讐がループして完了となる。それでも、森口の復讐はいつまでも続いていく。そして修哉には母親を失った悲しみと、自分自身が森口に狙われ続けるという恐怖が呪いのように付きまとっていくだろう。ここからが本当の恐怖の始まりだ。

この映画はよくできている。

「あなたの更生の第一歩だとは思いませんか?なーんてね」

これは復讐の完了間際、森口が修哉にかけた一言だ。映画はこのセリフで終わる。実は「なーんてね」は原作にはないらしい。では「なーんてね」は何なのか。この一言で何を否定し、何を茶化したのか。いくつか考えられる可能性を考えてみた。

  1. 森口は修哉に警察が美月の遺体を見つけ、修哉のもとにやってくると言っているがそれは嘘であるという意味の「なーんてね」
  2. 実は母親は生きていて、母の死を否定するための「なーんてね」
  3. 母親は修哉の爆弾で死んでいて、修哉にはその事実に絶望してもらいたいし、切望の中で責め苦に喘いで貰う必要がある。そのためには更生させられないという意味合いの「ねーんてね」
  4. 母親は死んでいるから、更生なんてできないという意味の「なーんてね」

私は「ここからあなたの更生が始まる」に掛かっていて、更生させない。またはできないと言っているのではないかと思っている。母親を殺してしまった衝撃に頽れる修哉を、繋ぎとめるための一言なのだ。命の重さと、最愛と恋い慕う母親を自らの手で失った重みを受け止めて償っていくのは相当にしんどい。それならいっそのこと、直樹のように完全に気が触れてしまえば更生も何もない。絶望も償いもない。そこをなーんてね、で繋ぎとめられる。これ以上の地獄はないだろう。ぞわぞわする。シナリオ的に爆破で母親は死んでしまっているが、修哉は母親が生きていようが死んでいようがもう決して救われないだろうなと思う。

作中ではいじめ問題・HIV感染者への偏見・少年法・少年犯罪・児童虐待と社会問題を取り扱い、人々の葛藤が描かれ命とは何かを考えさせられる。しかしその割に正義はない。自分の命も人の命も軽いと言ってのける修哉に、大切なものを奪われた音の大きさを聞かせて物語は終わるのだ。どんよりとした空気を残して。

さて。この絶望の先に 果たしてなにがあるのか?